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執筆者の写真Furuya Hirotoshi

理想のピアノレコーディングを求めて

理想のピアノレコーディングを求めて


スタインウェイ・フルコンサートグランドピアノのレコーディングのワンシーン。年間に数多くのピアノレコーディングをこなすとともに、通常業務として海外(主に欧米)との音楽制作を本業とすることから、世界最先端の音の構築方法でレコーディングを国内へご提供している。

楽器の中で、最も巨大な響体を持ち合わせるのがピアノであり、そのために発生する様々な要因というものは、想像を超えるほどのものがあります。その楽器のレコーディングともなれば、やはり考えなければならない要素は増えるとともに、理想を追い求めればかなりの長い時間をかけ、じっくりと取り組む必要があります。オーケストラは勿論最大級の音をキャプチャーすることになりますが、楽器を単体として捉えるのではなく、オーケストラという大きな組織全体を収録するという考え方に基づくので、かなりピアノのレコーディングとは異なる手法を用いることになります。こうれらの要素からも、楽器の王様とピアノが言われる所以があるのかもしれません。 僕が本格的にピアノレコーディングを始めたのは、10年前にさかのぼります。思い出すと一番最初は、ラフィ・べサリアンというロシア系アメリカ人のピアニストであり友人である彼を録ったと思います。まだまだ素人で、音の要素を如何に掴み取り、更には精錬していくなどという視線には、到底立っていなかったと思います。素人の良さというものは、一生懸命さというくらいのものであり、音は全くもって使える代物ではなかったはずです。


最も欲しいと思っていたサウンドをキャプチャーできる、Earthworks PM40。このマイクのみでは、クラシック音楽を収録するには向かないが、様々なポジションのマイクを上手くブレンドすることで、非常に美しい音を作り上げることが出来る。この他に、BraunerやSennheiserなどを組み合わせることで、更に立体的なサウンドを組み上げる。

しかし素人の当時から、『こういう音に仕上げたい』という理想は、ハッキリと持ち合わせていました。その理想を追って追って、更に追っているうちに様々な出会いやチャンスに恵まれ、今日到達している音に行き着きます。しかし今日の自分の置かれている状況というのは、10年前とあまりにも異なり、1つの要因として挙げられるのは、しっかりとバークリー音大でミュージック・プロダクションを勉強したこと、その中では運良くスター・ウォーズのレコーディングエンジニアに師事も出来たことから、本場ではどういう音が良いとされているのかという、価値観そのものを日本に持ち帰ることが出来たのは確かです。 また、スタジオ運営を会社全体で始めたことで、持ち合わせる機材が全てプロ仕様のものになったことと、その上マスタリング機材も含め、全て世界最先端の技術が手に入りました。くわえて、欧米での活動を中心としたことで、エンドースメント契約が欧米メーカー7社という状況の中、今は正に言い訳の利かない最高のサウンドを生み出せる状況にあります。 10年間でより良い音を求めてきたら、ここまで状況が異なるということから、理想というものはより高く持っておくということで、結果が大きく異なることを思い知らされました。 今では国内外のクライアントに、レコーディングのソリューションを提供するまでになっています。ジャンルは国内が完全にクラシックの方面で、ヨーロッパやアメリカにはオーバダビングを用い、ピアノトラックを収録して送り返すというシステムを取っているので、ポップス系が多い状況です。 そして最も重要な音の方向性についてのお話ですが、通常ピアノのレコーディングというと、アンビエンスの響きが中心になりがちで、輪郭の部分が聴き取れないというケースが見受けられます。以前はこれをクリアしようと、小さいダイアフラムのマイクから、大型のダイアフラムのマイクまでをグランドピアノの中に設置して、ミドルとアンビを混ぜていたのですが、これが言わばどういうことになるかというと、本数が多い分、位相のリスクがどんどん上がってしまうという症状に陥ります。マイクの本数というのは、適正であれば多い本数は肉厚な音や情報量の多い音を作ることも出来るのですが、これが中々そうも行きません。殆どは、やはり位相の問題を抱えることと、何と言ってもグランドピアノ特有の、ダンパーの動作ノイズが強烈に含まれることが前提となってしまいます。これは回避しようのない問題となっており、通常のコンデンサーマイクを並べる以上は、ピアノ内のノイズをその他にも様々に拾うことになります。それでも何とか理想の音を求めて、レコーディングを繰り返し、それなりの音を探せ始めたと思ったのが、7年ほど前だったと思います。DSDマスターを用いて、空間美を演出したり、随分と試行錯誤した後に得た結果でした。評論でもそれなりの言葉も貰え、次なる音を探す時期でもありました。


現在得られた最高の環境下で制作された ART OF RICHARD CLAYDERMAN。エンジニアという立場ではなく、最近の仕事はプロデューサーへと完全移行した中で、世界中のスーパースターたちを集め制作された。ストリングスオーケストラは、エリック・クラプトンのストリングスセクションを手掛けたサンクトペテルブルグのマリア・グレゴリャフ。ギターはロッド・スチュワートのツアーギターリスト、ゼィヴ・シャレブ。ドラマーはエルトン・ジョンやブライアン・アダムスをサポートするチャック・サボなど、これ以上ない人員を世界中から集めた一作。

自分がレコーディングを担当した楽曲のリリースもされ始め、それなりの評価があったとしても、もっと高みが存在することは様々な音源を聴き比べることで分かっていました。特にニューヨークで収録されたスタインウェイ・グランドピアノを用いたレコーディングというものは、音に独特の輪郭を持ち合わせており、その音を超えるようなサウンドを作り上げるというものを、当時は目標としていました。しかし、どのソリューションを用いれば、自らの気に入った音が出るのか、悪戦苦闘の日々を過ごすことになります。 ノイズは入ってしまうが、輪郭は欲しい。。。その後はスタインウェイ・グランドピアノでレコーディングした音源を、DAWソフトを用いてノイズ処理を行うという手法に出ていました。その時点では、オンで録ってノイズ処理することが、自分にとっては最も良いと思える手法になっていましたが、しかしこれには多くの難点があり、ノイズ処理というのはやはり多くの必要成分も取り除いてしまうのと、膨大な時間を要するということから、最低限に留めたいというものに間違いありません。またこの手法を、本当にクラシックへ流用するのかについても疑問が残りました。


古澤巌氏のピアニストを務める、金益研二によるスタジオ・ジブリの楽曲。サウンド面では全面的なプロデュースを担当しており、ストリングスオーケストラはドイツ・ケルンでレコーディングされたもの。ピアノレコーディングは、近年の制作の中で多くを培ってきたノウハウが凝縮されている。


現在日本を代表するオペラ歌手、小原啓楼による一作。近代のレコーディング技術をふんだんに盛り込んでおり、これまでのクラシック音楽の作品としては異例とも言える作り込みを行っている。近年クラシックとポップス音楽の音質には、大きな乖離が見られなくなっており、よりリアリティを重視するトレンドへと世界はシフトしている。

そして、次の作品へ体制を整えている時に、Earthworksのピアノマイクと出会います。構造を見た瞬間にその可能性を感じ、web上に出ている参考音源を聴き即決しました。自分のピアノレコーディングにおいて、一番必要と思っていた要素を、一番理想的な形で取り込むことが出来、これで体制が整ったという実感を持つことが出来ました。 このEarthworksのピアノマイクは、どういう構造か分かりませんが、ピアノ内部のノイズというものを殆拾いません。特にダンパー近くにマイクが置かれる場合、致命的とも言えるノイズを拾うことが前提となるはずなのですが、このマイクの場合にはその後のノイズ処理を殆必要としないほどに、美しくグランドピアノの音を収録してくれます。 しかし欠点もあり、ピアニストが意図しないほどにリアルに録れるために、和音の中に含まれているピアニシモなどがある程度大きめの音と均一に録れてしまうがゆえに、通常の演奏以上に極端なコントロールというものをピアニストに求めてしまうことがあります。また、このピアノマイクのみで録ることは考えられなく、あくまでミドルとアンビエンスがあっての音であり、如何に使い分けるかという部分はエンジニア・プロデューサー側のセンスに依存することになります。


ピアノレコーディングには欠かせない、NEVEの小型ミキシングコンソール。昨今はマイクプリアンプからダイレクトにAD/DAコンバーターへサウンドが取り込まれる傾向にあるが、どうしても立体感のない音に終止するために取り入れた。

そしてグランドピアノのレコーディングに欠かせないのが、ミキシングコンソールです。スタジオ外で録る場合には、勿論ある程度の大きさが有ると持ち運べませんので、小型のものを使用しますが、僕はどんなに面倒でも必ずマイクプリアンプとAD/DAコンバーターの間にはコンソールを挟みます。理由としては音の混ざり方と、適度な輝き、そして響きを得られるからです。 スタジオではなく、楽器店での経験ですが、マイクテストでSSLのコンソールを介した音と、直接的にAD/DAコンバーターに入っていく音の違いに、唖然としたことがありました。マイクプリアンプの音も勿論ありますが、しかし明らかにマイクプリアンプ以外のところでの輝きが異なり、キリッとした歯切れの良さを、コンソールから感じたことがありました。 それ以来、フェーダーが付いているが故の利便性というものを超えて、”音色”という観点からコンソールを持ち運ぶようにしています。これで録った音は、後々ミキシングしていく折に全く別物の音として構築していくことが出来ます。


メインDAWとしているSEQUOIA。マスタリングにおいて、非常に広いシェアを誇っているが、レコーディングにおいてもその性能はずば抜けている。圧倒的な動作の安定性、美しいクリアな音はSEQUOIAならでは。

そしてデジタル機材の相棒と言えばSEQUOIAであり、その素晴らしい安定性は軍を抜いています。何時もはマスタリングで大活躍するDAWですが、レコーディングにおいてもそのクリアなサウンドと動作の安定性でメインとして用いています。また192kHzで、PCIeカードとのマッチングさえ良ければ、オーバーダビングもこなしてしまうほどです。 レコーディング1つとっても、これだけグランドピアノの収録というものは要素が多く、まだまだ書ききれていない部分は沢山あります。例えば、ミドルとアンビエンスのマイクについては全く触れておらず、またピアノやホールについても述べていません。更にはマイクの手前にはマイクプリアンプが有るわけでして、もうこの辺りを触れていてはキリがないので、取り敢えずは最も課題のあったニア・フィールドのマイクから述べてみました。 そしてレコーディングされた音源というものは、勿論このままではありません。この後には、ミキシングとマスタリングが待ち受けており、僕が理想と思っていたピアノレコーディングというものに近づいていくこととなります。


クラシックのレコーディングでも、必ずSSLのコンソールを用いてミキシングする。低音の処理などにはEQが必要となるが、その場合にも必ずハードギアで音作りを行っている。

今度は、音源をスタジオに持ち帰りミキシングです。このミキシングの折には、NEVEで録っていますので、統一することもあればSSLでミキシングをすることもあります。ジャンルやスタイル、その折に収録できた音によって全く方向性が異なるので、単一的にNEVEが良い、SSLが良いということは言えません。楽曲にマッチしているか否かで決めています。 ただ、くどいようですが、絶対にコンソール内でミキシングを行っています。特に巨大なダイナミックレンジを誇るグランドピアノの場合、DAW内でのミキシングを行うと、先ず音色の破綻が起きやすくなるために、非常に大人しい音作りに終止するしかなくなってしまいます。どうせ作るのであれば、やはり徹底的に良さを引き出すためのレンジを確保し、更にはDAWでは到底不可能なHi-Fiサウンドを持ち合わせる、EQを用いて拘ったピアノ音源を仕上げていきます。 更に詳しく説明すると、数本走っているニア・ミッド・アンビエンスと、全てステレオ音源に纏め、ステムでミキシングを進めていきます。これは、僕がどちらかというとマスタリングエンジニアとして扱われることが多い中で、マスタリングからのフィードバックと言えるミキシング方法です。距離感で音を纏めていくことで統一性を出し、各セクションの音にEQを施すことは多々あります。 次はマスタリングです。この最終仕上げで、ピアノの音は輝くことも出来ますし、逆に輝きを失うこともします。どちらに振るかは、エンジニア次第です。

さあ、この長い工程を経てマスタリングの段階まで来ました。 ここで音源を生かすも殺すもエンジニア次第です。僕が理想としたスタインウェイ・グランドピアノの音は、レコーディングとともに徹底的にミキシングやマスタリングにも拘った音源であることが、最近自分自身がここまで凝って音源を作るようになってから分かるようになりました。細かい音の調整や、如何に音色を作るのかを言葉で記しても分かり難くだけですので、ここでは考え方だけを述べておきます。 先ずは、これまで凝った作りをしたグランドピアノの音源を、どれ程に可能性を引き出せるかに集中します。ステレオイメージを広めに取るためには、M/Sモードの付いているEQを用いますし、ここまで凝ると巨大なパワーを音が持つために、それを受け止めるたの広いダイナミックレンジを持つEQも必要になります。特にSPLのPQ(左赤の機材)は、150dBものダイナミックレンジを持ち合わせるために、ファイナルのEQとしては絶大な信頼が置けます。クラシック音源の場合、ポップス・ロックと違うのは、ほんの少しの違いでやたらに大きく楽曲の景色が異なってしまうために、EQのポイントについても相当慎重に音色づくりを進めることとなります。 例えばオペラ伴奏のピアノ場合ですと、EQポイントによってグランドピアノのサウンドがザラついてしまうこともありますし、若しくは引っ込んでしまうこともあります。または籠もることもあれば、非常に透き通る音を作ることも出来ます。それほどに、マスタリングでの変化は大きなものです。また、各セクションでの音を構築する上でも、低・中・高音のメリハリを付けるとともに、より伸びやかなサウンドを作ることも出来ます。 如何でしたでしょうか?書いている方も結構なボリュームだったので大変でしたが、理想のピアノレコーディングを可能とするためには、ここまで多くの要素が必要だということを述べてみました。 自らが掲げた理想を追うというのは大変ですが、ここまで情熱を傾けることが出来るというのも幸せなことです。

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